神戸大学内海域環境教育研究センターの川井浩史特命教授と、北海道大学室蘭臨海実験所の本村泰三名誉教授は、紅藻の一種「カギケノリ」の藻体の先端部(成長部分)が青い構造色を示すことを発見し、その原因が腺細胞内の微細構造によるものであることを明らかにしました。
カギケノリの腺細胞内に見られる光屈折小体と呼ばれる小胞には、ブロモフォルムなどの有機ハロゲン化合物が含まれており、牛などの反芻動物のゲップに含まれるメタンの生成を抑制する能力を持つことから、近年注目を集めています。今回の研究では、光屈折小体に含まれる微小な顆粒が均質に配置されることで構造色が生じていることが明らかになりました。また、光屈折小体が壊れると、きわめて短時間で腺細胞だけでなく周辺の組織も破壊することから、これらの化合物は有害物質として藻食動物に対する摂食忌避の機能をもっており、鮮やかな構造色と摂食忌避物質を組み合わせることで、警告色として成長に重要な先端部分を外敵からまもる役割を果たしている可能性が考えられます。
一方、藻体の他の部分では、光屈折小体の構造が乱れることによって特定の色が現れず、白っぽい外観を呈することも明らかになりました。これにより、藻体全体や生殖器官の赤い色が隠され、周囲の環境に溶け込むカモフラージュ(保護色)として機能している可能性も考えられます。
本研究は、これまで主に動物や陸上植物に知られていた「色による警告」や「カモフラージュ」といった生物間コミュニケーションの機能が、海藻にも存在する可能性をはじめて示しました。今後、構造色をもつ海藻を対象に、摂食行動や環境応答に関するさらなる研究が進むことが期待されます。
この研究成果は、5月6日に、イギリス藻類学会誌 「European Journal of Phycology」に掲載されました。

ポイント
- 紅藻「カギケノリ」の頂端付近の組織が、褐藻「クジャクケヤリ」やオパールと同様のメカニズムで構造色を示すことを発見した。
- 紅藻「カギケノリ」は、構造色をもたらす光屈折小体に含まれるブロモフォルムなどの有機ハロゲン化合物が、摂食忌避物質として作用することで、構造色が警告色(アポセマティズム)として作用している可能性が示された。
- 光屈折小体は、生殖器官を含む藻体の他の部分でも白っぽい外観をもたらすことから、外敵からのカモフラージュ(保護色)の作用もあると考えられる。
研究の背景
シャボン玉やコンパクトディスク(CD)などの表面にみられる鮮やかな色は、そこに含まれている色素ではなく、表面のナノスケールの微細な構造での光の干渉や回折によって生じており、構造色と呼ばれています。生物においてはタマムシの翅やクジャクの飾り羽根など、さまざまな動物で構造色が知られており、その多くは有性生殖や外敵からの防御など、生物間のコミュニケーションに関わる機能を担っていると考えられています。
海藻でも一部の種が構造色を示すことが知られていましたが、そのメカニズムや機能については不明な点が多く残されており、なかでも生物間のコミュニケーションに関する機能はほとんど議論されてきませんでした。すべての海藻は葉緑体に緑色の光合成色素であるクロロフィルを含んでおり、緑藻は陸上の植物と同様に緑色を示しますが、別の海藻のグループである紅藻は大量に含まれているフィコビリンにより紅色を、また褐藻はフコキサンチンにより黄褐色を呈します。川井特命教授らは昨年、褐藻クジャクケヤリが示す緑色の構造色が、藻体の成長点付近にある頂毛細胞内のイリデッセントボディーとよばれる小胞のもつオパールのような結晶構造により生じることを明らかにし、それらが外敵に対する防御に関わっている可能性を指摘しました(Kawai & Motomura 2024;Cummings 2024)。
今回、進化的には褐藻と遠く離れた、紅藻の一種であるカギケノリも、藻体の成長点に近い先端部分では青色の構造色を示すほか、生殖器官を含む藻体のそのほかの部分も紅藻本来の紅色ではなく、白っぽい外観を示すことを発見し、光学顕微鏡や電子顕微鏡を用いた詳細な観察によりその構造とメカニズムの解明を試みました。カギケノリのような鮮やかな構造色や白っぽい外観を示す海藻はほかにも多く知られていますが、その中にはテルペン類やフロロタンニンなどの有害物質を含むことで摂食忌避の機能を持っているものが多く見られます。ちなみにカギケノリは、牛などの反芻動物のゲップに含まれるメタンを削減する効果を持つブロモフォルムなどの有機ハロゲン化合物を含むことが知られており、それらの化合物との関係も興味深い課題でした。
研究の内容
紅藻の一種、カギケノリAsparagopsis taxiformis(カギノリ目)が、藻体の成長部位である先端付近では青い構造色を示すことを発見し、光学顕微鏡と電子顕微鏡による解析から、この構造色が腺細胞内の光屈折小体(refractile body)と呼ばれる小胞に含まれる微小な顆粒が、密にかつ均質に配置することにより生じていることを明らかにしました。このメカニズムは、系統上は遠く離れた褐藻類のクジャクケヤリ Sporochnus dotyi(ケヤリ目)やEricaria sp.(ヒバマタ目)の構造色の場合と共通しており、また宝石のオパールも同様のメカニズムでさまざまな色(虹色)に輝いて見えます。
カギケノリは、腺細胞と呼ばれる特別な細胞に含まれる光屈折小体(refractile body)にブロモフォルムなどの有機ハロゲン化合物を含むことが知られており、最近では牛などの反芻動物のゲップに含まれるメタンを産生する細菌の活動を抑制する効果を持つことで注目されています。これらの化合物は非常に高い反応性を持っており、浸透圧や熱のストレスなどで光屈折小体が壊れると、きわめて短時間で腺細胞だけではなく周辺の組織も破壊されることから、海藻を摂食する藻食魚などに対しては、有害物質として味覚嫌悪を引き起こすと考えられます。このため、鮮やかな構造色と味覚嫌悪を組み合わせることで、警告色(アポセマティズム)として外敵に対する防御の役割を果たしている可能性が考えられます。一方、光屈折小体は藻体の他の部分では、その均質な構造が失われることで特定の色ではなく白っぽい外観を呈し、藻体や生殖細胞の紅色を隠す作用があります。このため、視覚により餌を探す藻食魚や節足動物などの動物に対して、カモフラージュ(保護色)として機能している可能性も考えられます。
また,Kawai & Motomura (2024) で報告した、褐藻クジャクケヤリの藻体頂端部分の同化糸で構造色をもたらしているイリデッセントボディー(iridescent body)もその内部に非常に反応性が高い物質を含んでおり、この構造が壊れるときわめて短時間で細胞全体が破壊されることを新たに報告し、カギケノリの光屈折小体同様、藻食動物に対する摂食忌避の役割を持っている可能性を示しました。また、亜熱帯および暖温帯には多くの藻食魚類が生息していますが、これらの海域ではカギケノリの他にも紅藻アヤニシキやトサカモドキ属、褐藻アミジグサ属やシワヤハズなど、構造色を示す種が多く見られます。これらの種にはテルペン類やフロロタンニンなどの藻食動物に対する摂食忌避物質を含んでいるものが多く含まれます。また、浸透圧ショックや熱などの環境ストレスによって容易に障害を受ける種が多いことから、カギケノリのように細胞内にハロゲン化合物などの反応性の高い物質を含んでいる可能性もあります。
構造色によるカモフラージュや警告色などの生物間コミュニケーションに関わる機能は、動物や陸上植物では広く知られていますが、海藻類ではこれまでほとんど議論されてきませんでした。本研究は、海藻類でも広く構造色が生物間コミュニケーションにかかわる機能を担っている可能性を示しており、今後、これらの海藻類を対象にした、視覚によって餌を探索する藻食動物の摂食行動の研究などで、この仮説が検証されることが期待されます。


今後の展開
熱帯や暖温帯の海域では、紅藻カギケノリと類似した構造色や白っぽい外観を呈する紅藻類が多く見られ、それらの効果をもたらしている構造が、共通するメカニズムによるものなのかどうか、また生物間コミュニケーションに関わる役割を持っているのかどうかについて、興味が持たれます。また、褐藻ケヤリ類のイリデッセントボディーに含まれる反応性が高い物質も、藻食魚などの外敵による摂食を忌避する役割を担っていると考えられ、現在その物質の同定に向けた解析を進めています。これまで海藻類で構造色がこの様な外敵に対する防御などの生物間のコミュニケーションに関わる役割を持っていることが示された例はほとんどなく、今後、これらの海藻類を対象にした、視覚によって餌を探索する藻食動物の摂食行動の研究などで、この仮説が検証されることが期待されます。
用語解説
※1 構造色:内部に含まれる色素ではなく、表面の微細な(ナノスケールの)構造によって生じる色。
※2 光屈折小体(refractile body):紅藻類などの細胞内に含まれ、光を強く屈折させる性質を持った小胞構造。カギケノリでは内部にブロモフォルムなどの有機ハロゲン化合物を含んでいる。
※3 イリデッセントボディー(iridescent body):海藻などの細胞内に含まれ、光が当たるとイリデッセンス(虹色)と呼ばれるさまざまな色を呈する小胞構造。
参考文献
Kawai, H. & Motomura, T. 2024. Structural colour in the brown algal genus Sporochnus (Sporochnales, Phaeophyceae). European Journal of Phycology 59: 271–278. DOI:10.1080/09670262.2024.2340020
Cummings, S. 2024. Why does this alga simmer like peacock feathers? An opal-like lattice of iridescent spheres reflects vibrant blue-green light. Science. DOI:10.1126/science.z2wrnuy
論文情報
タイトル
DOI
10.1080/09670262.2025.2483980
著者
Kawai, H. & Motomura, T.
掲載誌
European Journal of Phycology